中国華南地域の日系企業動向(1)

  • 投稿日:2012.12.24
    • 004:華南地域アドバイザーレポート

【目次】
1、はじめに
2、華南地域の概要
3、近年の産業構造の変化
4、反日デモの影響~日系企業へのヒアリング~
5、今後のトレンド
6、おわりに

1、はじめに
 筆者は経済特区である深圳市で事業を開始し、11年目を迎える。
 現在、機械、測定機器、金属加工部品の貿易を主業務とし、中国進出を検討している日系企業のコンサルティング、サポートも行っている。
  2001年末中国のWTO加盟、2002年胡錦濤政権の誕生から現在まで、中国現地での経済成長に身をおいてきたが、10年間での前半(2002年~2006年)と後半(2007年~2012年)では状況が著しく異なってきている。
 経済成長の方向性に変わりは無いが、前半時期は、日系企業の華南地域での工場進出も多く、事業立ち上げと受注をこなす為の人材確保、品質の安定化、設備投資を前向きに行うことが事業の主眼となっていた。
 後半時期では、人件費の高騰と労働者不足、中国・台湾・香港系との価格競争の激化、ストライキの恒常化、リーマンショック、東日本大震災・タイ洪水での部品不足による生産調整、日中政治問題に起因する日貨(日本製品)不買など、主に外部要因に起因する問題対処に追われる状況となっている。
 2005年から2006年に福島県の海外経済調査員として月度レポートを提出していたが、改めて、現状の華南地域の日系企業、特に製造業を中心として、報告をすることとする。

2、華南地域の概要
 華南地域は文字通り中国の南の地域、香港と接する広東省、台湾の対岸である福建省、中国最南の島を有する海南省によって構成される。更に、香港特別行政区、マカオ特別行政区も含める。
 但し、一般的に「華南地区」という場合、香港、マカオおよび広東省(もしくは珠江デルタ地帯)を指すことが多い。本文でも香港、広東省を中心とした地域ということで華南地区とすることとする。

・経済規模
 広東省の経済規模はGDP(省内総生産額)5兆2673億元(2011年、USD換算では約7200億ドル)であり、中国全体の約10%を占める。他地域の比較では、香港の3.2倍、上海の2.7倍、台湾の1.5倍、タイの2.3倍である。
 また、貿易においては、中国全体の輸出入額の30%弱を占める。この数値には香港は含まれていないが、香港の輸出入額は広東省とほぼ同じなので、世界的にも有数の貿易拠点ともなっている。

・来料加工システム
 まず、香港に会社を設立し、香港子会社が中国側(例えば深圳市)の村(鎮、工業団地開発)と契約を結ぶ。村は土地、工場建物を準備し、香港側(日系企業)は、設備、材料を契約工場に支給する。
 実際の工場運営は日系企業が行うが、村に家賃、労働者の人件費の数%などを支払う。基本的に決済は、香港会社が行う。
 来料加工システムのメリットは、第一に、工場自体が中国法人ではなく、村との契約で設立されたものなので、中国での企業所得税が不要。但し、香港での利益は課税されるが、前述の通り、香港の企業所得税は、中国、日本と比べ低率となっている。第二に、工場で使用する海外からの設備や原材料などは輸入の際、課税されるが、最終製品を輸出する前提で免税となる。このシステムは、主に深圳市、東莞市、珠海市、中山市、恵州市によくみられ、中国の他地域ではほとんど無い。

・弱電産業の集積
 1980年代から、日系だけ無く、台湾系、韓国系、中国系の大手弱電機器メーカーの工場が設立されている。業種的にはPC、通信機器、事務機器、液晶テレビ、電子レンジなど家電が多く、これら品目では、世界での生産台数の10~60%を当地域で占めている。

3、近年の産業構造の変化
 以上、華南地域の概要を説明したが、近年の産業状況の変化について、逆風と追い風に分けて述べる。

逆風
・来料加工システムの禁止
 前述したように、華南地区は1980年代から来料加工システムにより外資導入を図り、製造業を充実化させ、輸出を拡大させてきた。
 だが、今年末以降、工場へのライセンス給付を停止し、事実上、来料加工システムを活用が出来なくなり、ほとんどの会社は、改めて資金を投入し、中国での現地法人を設立(独資化)しなければならなくなった。
 その結果、香港での低課税や免税のメリットが薄くなり、わずかではあるが、撤退をする日系企業もあった(但し、人件費の高騰や受注減など複合要因によるもので、独資化だけでの撤退の原因ではない)。

・労務問題
 この10年間で最低賃金の上昇や社会保険加入の厳格化などにより、工場労働者の人件費が2倍以上になっている。深圳市は最低賃金が上海を越え、中国で一番高くなっている。
 更に2008年から開始された労働契約法の施行により、労働者の権利意識が向上され、ストライキや解雇時のトラブルなどが頻繁に発生した。
 また、労働者を雇用する際も、以前は10名募集に対して100名の応募があるというほど、買い手市場であったが、現在は1週間経っても募集人数に届かないということもあり、柔軟な生産計画が立てにくくなってきている。

・欧州向け輸出の不振
 従来、輸出依存の産業が主力であった為、欧州金融危機による欧州向けの輸出低下の影響が非常に大きい。

・日本ブランドの低下
 以前は、ゲーム機器、携帯電話、デジカメ、液晶テレビなどで月産100万台を超える機種があったが、現在はそのような案件はあまり聞かなくなった。
 日系企業の部品メーカーのほとんどは、日系セットメーカーを主要顧客としている為、台湾系、韓国系のセットメーカーが好調でも、受注が増えることは非常に少ない。

追い風
・自動車産業の集積
 前述のように、2000年以降、大手自動車メーカーの工場設立が急増し、広東省は、中国の生産シェアの10%以上を占め、上海地区とならび中国の二大自動車拠点となっている。
 従来の事務機器、家電などの部品を製造していた会社が、新たに自動車産業に進出し、生産額の70%を自動車部品が占めるようになったところもある。
 現状、日貨不買により、生産が激減しているが、ある大手メーカーは来年の生産数量は現状の2~3倍(通年の150%増)を予定しており、設備増強を準備しているところもある。

・製造の裾野の広さと競争力
 30年前から日系企業が進出しているので、原材料、部品、設備などの調達がしやすくなっている。また、日系企業のみならず、台湾系、香港系が多く進出し、更に地場(中国系)の企業が品質面で力をつけてきている。
 そのような中で、日系企業も自動化などでコスト競争力を向上させている。

4、反日デモの影響 ~日系企業へのヒヤリング~
 華南地区に限らず、尖閣諸島国有化に端を発した今回の反日デモの影響は、過去のものと比較してかなり大きい。
 反日デモの状況とその影響、および今後の方向性などを、日系企業を中心にインタビューした内容を個別に記載する。

A社 深圳 弱電関連 金属加工業
・工業団地内の大手メーカーが休業したため、休暇中の社員が1000人規模で工業団地内を回って各工場の門前でデモに参加するよう、呼びかけていた。但し、当企業から参加した社員はほとんどおらず、翌日休業としたが、それ以降、大きな問題はない。
・デジカメや事務機器の部品製造をメインとしていたが、一部自動車関連部品の製造をしており、約40%減。主力のデジカメも2週間後には回復済み。
・反日デモが原因ではないが、来年の受注動向はかなり不透明。但し、最新機械の導入などで生産の効率性を高めて、人件費抑制などの恒常的問題を解決し、競争力の強化に取り組んでいる。

B社 東莞 弱電関連 組立業
・近隣の大規模な中国系企業から数十名ほどの社員が工場の門前で反日的なシュプレヒコールをしていた。30分ほどでいなくなった。
・日本向けの輸出がメインなので、受注状況に大きな問題はない。但し、通関トラブルで、部材の輸入が現在も滞り気味
・ストライキが社内で発生してないことが、客先からの高評価となっており、他社からの移管案件を抱えている。

C社 中山 弱電関連 金属加工業
・現地納品先が3日ほど休業し、それ以降も一部部材が無いという理由で生産ラインが停止したため、出荷量が20%減。現在はほぼ平常に戻った。
・東南アジアに自社工場があり、現在中国工場で製造し、日本に輸出している部品の一部を東南アジアからの出荷にして欲しいと客先から要望があった。
・チャイナプラスワンと言われ始めた5年ほど前に、東南アジアに工場を立ち上げており、今回の件で、一層受注が増えると思う。中国と東南アジアに両方工場を持っている優位性を客先にアピールできるとの事。

D社 深圳 自動車関連 金属加工業
・デモ前日に、近隣の役所から「休業にすると、従業員がデモに参加するようになるので、休業はしないように」との通達があったが、万が一のことを考慮し、製造現場は休業とした。当日に1000人ほどの集団が工場敷地内に雪崩こみ、工場を囲んでシュプレヒコールをしたが、破壊活動などは無く、従業員がいないとのわかると、数十分ほどで、敷地内から出て行った。
・10月の出荷量は通常の60%減。社内在庫が倉庫いっぱいとなり、前倒し生産もできずにいる。客先からは来年は回復するとの連絡があり、労働者の解雇もできない。
・来年の受注量で黒字は確保できると思うが、今年は赤字計上。現状の雇用状況を維持していくのが大変。

E社(香港系) 珠海 自動車関連 組立業
・香港系なので、反日デモやストライキは発生していない。
・受注量の6割は日系企業向けのため、出荷量が半分。但し、残りの4割である欧米系企業向けの伸びが好調なため、実質3割減。
・今後、日本ブランドの車の販売台数が回復することは考えられないので、欧米系の受注を増やしていく方向にある。但し、中国系メーカーの受注はコスト的に難しい。

F社 東莞 自動車関連 組立業
・反日デモは無かったが、社内でストライキが発生。2日間稼動停止後、近隣の役所と公安を呼んで、ストライキ首謀者に話をしてもらい、解決。要求である賃上げは認めなかった。
・出荷量は4割減。見通しも立たないので、来年7月までは、予定していた新規の設備投資は凍結。従業員の2割程度の派遣従業員は順次契約終了する。

G社 深圳 事務機器関連 材料商社
・社内での反日デモ、ストライキはなし。
・中国国内の反日デモが激しかった工場で生産が困難となったので、華南地域に移管された案件があった。
・中国製材料も扱っており、日本から東南アジアに新工場を設立した会社など、東南アジア向けへの材料の引き合いが多くある。

H社 佛山 自動車関連 金属加工業・ 反日デモの日には休業した。社内でのストライキは無い。
・10月の出荷量は7割減。11月は6割減。週休3日として、出勤4日のうち1日は改善活動をしている。実質3日稼動。
・来年春先に新機種立ち上げがあり、金型、試作部門のみ好調。客先からの予測では現状設備では生産能力をオーバーするので、設備投資を計画中。
・東南アジアの自社工場は生産能力を超えた受注をしているので、そのカバーをするため、金型の移管をしている。来年の3月くらいまでは、東南アジア向けの仕事で工場の稼動をアップさせたい。

以上、業種の偏りはあるが、他の業種も同様に、各社それぞれの問題を抱えながらも、何らかの対策を考えている。

~「5、今後のトレンド」、「6、おわりに」については、中国華南地域の日系企業動向(2)に記載~

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