日中の領土紛争が日本企業に与える影響について

  • 投稿日:2012.12.20
    • 003:上海地域アドバイザーレポート

 2008年5月以来、4年半ぶりに福島県上海事務所に寄稿することとなりました。この間、さまざまな出来事がありました。経済に関連する話ですと、例えば北京オリンピックと上海万博の開催や中国が世界第二位の経済大国に躍進したこと、中国の自動車販売台数が2009年から2011年まで連続三年間世界一となったことなどが挙げられ、日中間の経済依存関係が一層深まりました。
 しかし、2012年4月から発生した日中間の領土紛争がこれまで健やかに成長してきた日中関係に暗い影を落とし、経済面を含む日中関係はいまや重病人といっても過言ではないと思います。
 こんな状況の中で、今回の経済レポートは日中の領土紛争がこれまでに日本企業に与えた影響などについて、家電、自動車、観光という三つの業界を代表として簡単に説明したいと思います。

 家電産業は日本企業が伝統的に優位性を持つ市場であり、日本の技術を代表する業界でもあります。特に中国の改革開放とともに20年前から中国に進出したソニー、パナソニック、東芝、シャープ、日立などのブランド家電は中国の消費者の中で定評が高く、北京・上海・広州など主要都市の場合、どの家庭でも必ず日本ブランドの家電製品があるほど、幅広い階層から支持されてきました。その代表的な例を言いますと、中国の液晶テレビにおける外資系企業のリーディング カンパニーとして、2011年のシャープの中国エリアの売上が830億人民元にも達しました。
 しかし、日中の領土紛争が発生した以降、日本製品の不買運動が広がり、日系ブランドの家電製品の売上もこれに伴い急落しました。中国財経ネットの報道によると、今年5月から10月までの日系家電製品の売上は去年同期に比べて凡そ20%以上も下落しました。ソニーの中国販売促進プロジェクトが予定の目的を達成できずに終わった一方、「シャープ創業100周年お祝いセールス キャンペーン」も暗然と取消されました。また同報道によると、2011年の液晶テレビ マーケットも急変が発生し、日系トップ3社のシャープ、ソニー、パナソニックはいずれも販売台数が急減しました。8月の広州市の液晶テレビの販売データによると、これまでに不動の地位を続けてきたトップ3社のシャープ、サムソン、ソニーはサムソン、創維、TCLに取って代わられました。これと同様、北京と上海の市場でも同じ現象が発生しています。中国の三大消費都市でこのような現象が発生したということは日本の家電産業にとって大変深刻な事態だと言え、技術が著しく進歩している中国と韓国企業からの競争に加え、これからも長引くと想定できる日本製品の不買運動は日本の家電産業の萎縮につながる要因になると推定できます。

 自動車産業は今回の領土紛争による被害の中で、最も大きな被災分野といっても過言ではないと思います。中国は2009年から世界で第一位の自動車消費市場となり、リーマンショックのあった2008年でも日系の自動車は中国でよい成績を実現し、中国の自動車市場の約三分の一の市場占有率を確保していました。数年間の過激競争と中国経済の減速により、中国の自動車市場を纏わる全体的環境も非常に厳しいものになっていますが、それでも2011年の販売台数は1850万台に達し、2020年には2800万台から3000万台になると予想されています。このため、今後長い期間にわたって中国市場は相変わらず世界で最も大きな自動車市場の地位を保つことができると考えられています。
 しかし、日中間の領土紛争が発生し、特に9月以降に発生したデモや暴動の時に日系ブランドの車は攻撃のターゲットになったため、日系の車は消費者から敬遠される対象となりました。中国財経ネットの報道によると、今年9月のトヨタ、日産と本田の中国エリアにおける販売台数はそれぞれ昨年同期に比べて44%、41%と46%の減少となり、直接損失が2.5億米ドルに達したとともに、市場占有率が大幅に縮小しました。その反面、これまで後進者だったフランスのプジョーやシトロエンが大きく躍進し、中国の消費者の志向変化を反映する結果だと言えます。
 ただし、日系自動車の先行きは完全に暗闇だとは言えません。インフレの進行により、日系車の特長である燃費やデザインのよさが依然、幅広い消費者から支持されています。特に中国では海外自動車メーカーの独資進出は認められず、いずれも合弁の形で生産しているため、こうした日本製品に対する不買運動は、結果として中国国内の雇用や国営企業の収益に悪影響をもたらしと考えられます。同時に、日本はもとより海外諸国からの投資の減少にもつながり得るので、こうした状況が長く続くことは、中国政府としても本意ではないと見られます。
 一方、トヨタ、日産、本田の主要日系3社は10月から、反日デモで被害にあった顧客を対象に、損失の全額もしくは一部を補修する制度を発表しました。デモによる破損に対しては会社が修理費を負担し、車両全体が破壊された場合は破壊前の残存価値と同額を所有者に支払うことで、消費者の不安心理を取り除き、需要の掘り起こしに努めています。トヨタのメイン生産拠点の天津工場では、10月は大幅減産を余儀なくされたが、11月は販売や在庫の状況を見ながら生産水準を見極め、一部のラインを除き2直稼動へと復帰していると伝えられています。中国経済紙の報道によると、11月22日に開幕した広州自動車ショーでは日系各社は積極的に参加し、トヨタの出展面積は前回より10%拡大し、レクサスの新型車などを含む参加する車種はこれまで最も多いと言われています。日産の出展面積は過去最高の2550平米で、本田、マツダや三菱など各社も過去と同じ規模の出展を維持しました。各社とも広州自動車ショーを通じて日本車の魅力を展示し、中国市場を重視する戦略は変わらないと表明しています。このため、自動車市場の場合、日中の領土紛争による最悪期をすでに脱しつつあり、年末に向けて正常化に向かうと想定できますので、今後、月を追うごとに販売水準が切りあがるものと考えられます。

 観光業界は深刻な影響を受けました。日本政府が中国の個人観光ビザを認めてから中国から日本への観光客は年々増加し、日本の旅行業界と関連産業に大変大きな経済利益をもたらした。観光庁が今年2月25日に発表したデータによると、2011年の中国からの観光者の一人当たりの消費額は16万円にも達し、今年1月、中国からの観光者は訪日観光者の43.7%を占め、日本の旅行業界に3.56億人民元の売上をもたらしたと言うことです。
 しかし、その後の日中両国の領土紛争の悪化により中国の訪日観光者が急減し、現在ではほぼ停滞する状態に陥っていて、その影響の程度は2011年の東日本大地震に勝るとも言われています。その象徴として、全日空を含む航空各社が減便或は機種変更などの対策を余儀なく行いました。詳しい数字などは各メディアによりかなり詳細に報道されているため、改めて説明する必要はありませんが、家電や自動車業界と違い、観光業は実需ではなく、現状に円高を加えると回復の道のりがかなり長いものになると考えられます。特に最近、韓国や東南アジアないしこれまで中国の観光者にとって行き難かった米国や欧州各国が中国の観光者を積極的に誘致するためにそれぞれ、観光ビザ発給の緩和策を取っているため、中国の観光者が面する選択肢がますます多様化になっています。日本の旅行市場が中国の観光者を取り戻すには相当な時間と努力が必要になるのではないかと考えられます。

 4月から持続的に悪化してきた日中の領土紛争はいまだに解決の糸口が見えずに、長期化することが懸念されています。このため、数多くの日本企業は最近、中国リスクを回避する突破口、或は「中国+1」モデルとして、アセアン(シンガポール、タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、ベトナム、ブルネイ、ミャンマー、ラオス、カンボジア)を新たな拠点と市場として考え始めました。アセアンは現在、すでにアジアにおける第三番目の経済急成長エリアであり、中国とインドと言う二つのブリックス国家につながる良い地理位置と6億人を持つ人口規模により、90年代後半から経済が急速に成長してきました。アジア開発銀行が7月に公布したデータによると、今年のアセアン地域の経済成長率が6.7%に達すると予想されています。
 中国財経ネットの報道によると、2011年、アセアン諸国に対する日本の直接投資額は前年比2.4倍増の1.5兆円となり、中国に対する投資(1兆円)を連続2年間超えました。今年7~8月の日本の対アセアン地域の直接投資も1880億円に達し、同じ時期の対中国投資の1500億円を上回っています。この背景には人民元の切り上げや中国での労働力コストの上昇に起因すると考えられます。

 自動車領域の場合、主要6カ国(シンガポール、タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、ベトナム)の統計によると、今年上半期の販売台数はすでに去年同期比41%増の118万台を突破し、今年のアセアン全体市場における自動車の需要は250万台と見込まれています。本田はこの地域における生産量を今の3倍、即ち18万台に引き上げるため、インドネシアで270億円を投資し、新しい工場を建設しています。この工場は2014年には正式に生産する予定です。トヨタもタイで169億円を投資し、2013年の半ばごろに生産開始を目指しています。タイ工場が完成すると、タイにおけるトヨタの生産台数は10%アップ、年間で76万台になると見込まれています。
 娯楽産業も動き出しました。中国の人件費が高騰しているため、バンダイはフィリピンで14億円を投資し、中国からの生産移行のための新工場建設に注力しています。
 コンビニエンス大手のファミリマートも今後の1年間で中国での出店を控え、インドネシア市場に重点を移す方針です。今年10月にはインドネシアで始めてのファミリマートが開店し、今後5年間で500店舗になると予定されています。高島屋も今後5年間で、東南アジアで対中国投資額の150億円の2倍以上の350億円を投資する予定です。
 と言うわけで、日本の対アセアン投資は生産だけでなく、この地域のマーケットの開拓に重点を置いていることが窺えます。

 一方、中国企業の場合、アセアン進出は主に同地域の安い人件費や資源の開発に着目しています。
 今年1月に中国はアセアンと自由貿易協定を締結しました。それから2012年5月、中国政府は「雲南省が西南に向けて開放する重要なゲートウェイ(橋頭堡)の建設加速を支持することに関する国務院の意見」を公布しました。「ゲートウェイ戦略」のカギの一つは、現在建設中の昆明-バンコク、昆明-マンダレー-ヤンゴン、昆明-ハノイ高速道路の経済回廊を構成し、昆明を中心とした南中国経済核心の構築が確実に進めていくことです。これとともに南寧-ハノイ経済回廊と環トンキン湾経済圏との交接通路の建設、雲南-広西-広東経済回廊、雲南-四川-重慶経済回廊、雲南-チベット経済回廊の整備を推進し、東南アジアにつながる一大経済圏の形成を図ることです。これにより、中国企業のアセアン進出はさらに盛んになってきています。

 自動車産業の場合、世界で四番目の人口規模を持つインドネシアはタイ、マレーシアに続く東南アジアの第三番目の自動車市場であるとともに、アセアンにおける最も潜在力のある自動車部品市場でもあります。中国の代表的な自動車企業、例えば奇瑞(CHERRY)、福田(FUTIAN)、吉利(GLEEY)などはすでにインドネシアに工場を設立しています。
 中国の民営企業の恒逸集団はブルネイ政府と共同で大型石油プラントを立ち上げ、第1期プロジェクトだけでも25億ドルの投資がかけられました。プラント完成後は高品質のガソリン、及び紡績産業に必要なベンゼンなどの原材料を生産する予定です。一日あたりの原油加工能力は13.5万バーレルになるため、アセアンの後進国であるブルネイの建築、航海物流、石油化学産業に大きく寄与すると期待されています。
 中国政府の持ち株会社である中国水利電力公司はマレーシア、ラオス、ミャンマーなどの国において水力発電や水質改良など多数のプロジェクトを手がけ、特にタイとミャンマーと一緒に開発しているサルウィン水力発電所への投資額は100億米ドルにも上り、700万キロワットの発電能力を有するものとして、これまで東南アジアにおける最も大きな水力発電所となります。そのため、電信企業の華為(HUAWEI)がシンガポールやマレーシアの電信インフラの建設を受注したことや中国建築公司がラオスの土地開発に参与するなど、さまざまな分野で中国の投資がアセアン諸国に浸透しています。
 ただし、アセアンの中でインフラ建設が遅れている国が数多く存在していることや文化、宗教などの障壁が高いことなど、日中両国の企業進出にとって課題はまだまだたくさん残っています。このため、日本とアセアン、中国とアセアンは文化の近い日中両国のような緊密な経済連携を達成するまでにまだ相当な時間が必要になると考えられますし、果たして日中両国のような相互依存関係が形成できるかどうかも疑問です。しかし、アジアの繁栄を実現するためには中国、日本、アセアン、北アジアなどの相互協力が不可欠です。とりわけ日中関係はアジアの繁栄を実現するにはきわめて重要な意義を持つことですので、両国関係の修復と前進は何よりも喫緊な課題だと考えられます。

 今年は日中国交回復40周年と言う大変重要な節目です。「四十にして惑わず」という諺のように、四十歳は知性が成熟する年齢だという意味です。今の日中関係は完全に拗れて大変解き難いかもしれませんが、日中の政治家たちがそれぞれの知性を発揮していただき、アジアないし世界経済の回復と繁栄のために、日中の領土紛争という小間結びを早急に解いてほしいと願っています。

以上
 2012年12月02日
福島県上海事務所 上海地域経済交流アドバイザー
仲 琪

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